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子育て講座「子育ての常識から自由になるレッスン」を開催しました

ページID:183224 更新日:2026年8月12日更新 印刷ページ表示

令和8年7月31日(金曜日)子育て講座「子育ての常識から自由になるレッスン」を甲南大学文学部教授高石恭子さんをお招きして開催しました。

まず、子育ての常識を一度問い直すことから始めました。「女性には母性本能があるから、男性よりも子育てに向いている」「出産後すぐに赤ちゃんと肌で触れ合うことで、母と子の絆が作られる」などいくつかの常識と思われるような例を挙げてあり、そのうちいくつ常識だと思うかを「これはそうかな、これは違うかな」と個々で考えました。○×を付け終え、先生から「科学的実証は一つもない」という言葉を聞き、みなさん少し驚いていました。また、「三つ子の魂百まで」ということわざがありますが世代によってとらえている意味が異なるようです。曾祖父母世代(1960年代から80年代前半に子育て)では3歳までのしつけをしておくのが大事なので3歳までにしっかりしつけるという意味で使われ、祖父母世代(1980年代以降から90年代に子育て)より若い世代では3歳までは親が寄り添い、いっぱい愛情を注いであげるのが良いという意味で使われることが多いようです。本来は「生まれ持った特質は大人になってもかわらない」という意味ですが、時代の流れの中で意味づけされていったようです。

次に、母子健康手帳の内容の変遷では昭和35年は「泣いたからといって、すぐにお乳を与えたり、抱いたり、おぶったりするのはよくないことです」とありますが、平成9年、令和8年の内容では「(略)抱きぐせがつくと心配しなくてもよいのです」となっています。また、今では赤ちゃんの寝かせ方は基本的にあおむけ寝が推奨されていますが、過去にはうつ伏せ寝を推奨していた時代もあったようです。この常識の転換はSIDS(乳幼児突然死症候群)が要因のようです。

結局、常識とは何でしょうか。常識とはコミュニティの人々がもつ「共通感覚」で、現代では「科学に基づく…」が常識とされています。ただ、これまでの事例を見ていても、科学の常識もいつひっくり返るかわからない程度のものだということです。

さて、現代の子育て状況は「密着」と「ネグレクト(子育て放棄)」に二極化しているように見えます。昭和の時代はみんな一緒に頑張って、みんなで一緒に幸せになろうという風潮で地域で子育てをしていましたが、現代は自分で自分の幸せを追い求める時代となっており、その中で母親となることを選んだのだから「私が頑張らねば」と子どもと密着し、抱え込んでしまうようです。頑張りすぎてしまった結果、精神的にしんどくなりネグレクトのような状態になってしまう母親もいるかもしれません。乳幼児期の密着の先にある気になる兆候として、現代の大学生の親子関係は子育ての「現役」意識を持ち続けている親と、親に従順でいるほうが安心で楽なので巣立ちを恐れる子どもの構図があるようです。見失われる子育てのゴール。どちらかがやめようとしない限り続いていきます。

現代は技術の進歩などにより、子育ての仕方は変わっても、まだまだ「家事・育児は母が担い、手伝う父は偉い」と言われる変わらない母性観の日本の文化。子育て不安の源泉の大半は「常識」にあり、時代・文化が変われば、子育ての常識も変わります。子育てをする中で「こうしたほうがよい」「こうあるべき」などの考えにもやもやするなら、「常識」と「科学的正解(とされていること)」を少し疑ってみるのもよいかもしれません。1人か2人の子どもを完璧に育てようとすると親子は密着し、不安やつらさが増します。親が育てたいように育ててようとすると親も子どもも苦しくなります。どの方法で育てても子どもは育つ、生まれ持ったように育つもの、それを邪魔しないように育てようとすると少し子育てが楽になるかもしれませんね。子育てはいつか「終わる」ことを意識し、子どもの特性と成長に合った別れのレッスンを始めていけると良いですね。

子育て総合支援センターではさまざまな催しを開催しています。たかつきDAYSや市ホームページをチェックしてみてくださいね。

講義の様子


子どもの発達・障がい